メンタリングプログラムによる人材育成  村田製作所グループ

 

村田製作所グループの中核企業である株式会社福井村田製作所は、約3,500名の社員を擁し、主力製品である積層セラミックコンデンサ等の開発・生産拠点であると共に、グループの「マザーファクトリー」としての機能を担っています。
本社・主力工場が位置する北陸福井県(※越前市)は、風光明媚なだけでなく、現代においても地域的な結びつきが緊密な土地柄で、出生率は沖縄県についで2位を誇ります。そうした豊かな環境の中で、50年以上にわたって電子部品の生産が続けられてきました。

ここでは、その福井村田製作所において、2年前から取組みがはじまった人材育成のためのメンタリングプログラムについて、その狙い、実施内容、成果、及びコンサルティングプロセスをご紹介します。


※なお、メンタリングプログラムの詳細内容は、サービス紹介ページ/“人材育成型メンタリング”も、合わせてご参照下さい。


1.メンタリングへの取組みの契機

 

福井村田製作所では、多くの老舗メーカーと同様に、長年にわたって人材育成や生産性向上施策が組織として継続的に取り組まれてきました。
ところが近年、そうした仕組みがうまく機能せず、以前に比べて人材が育たない状況が顕著になっていました。
今回1年目の取組み対象となったのは、製造部の中の保全グループです。
製造部全体で1500名ほどのうち、約100数十名の要員が在籍しています。
保全グループは、製造部門の中で機械・設備のメンテナンス機能を昼夜24時間の交替勤務で担っていますが、キーマンへの初期のインタビューでは、人材育成をめぐる課題は主に次の5つの現象として認識されていました。
(1) 要員急拡大で、教育体制の不備が生じている
(2) 技術転換が速く、ナレッジが組織に定着しない
(3) 会社としての“固有スキル” の共有がうまく進まない
(4) OJTがうまく機能しない
(5) 教える側の、スキルや熱意が足りない
(1)(2)はどちらかというと環境的に規定される現象ですが、過去には円滑に進んでいた「固有スキル」継承が滞っていたり、指導者の熱意が低下する等、そこには独自の組織的要因が絡んでいることが見て取れました。
そこで、若手人材はもちろんのこと、その指導に当たるリーダー層の人材を含めて育成する取組みとして、師弟関係モデルによるメンタリングプログラムの導入が構想されたのです。

図表(1):保全部門における人材育成の中心課題

要員増大や技術革新の速さ等の要因が絡み合い、若手人材の学習・成長が滞っている。

2.メンタリングモデルと本プログラムの特徴

メンタリングは、メンター(≒師匠)とメンティー(≒弟子)とのいわば「師弟関係」の中で、指導や相談、そして技能継承や育成を進める活動モデルです。
一般的には、図表(2)のように、大きく次の3つの機能があります。


(1) コミュニケーション充実機能
(2) キャリア形成支援機能(※保護的活動を含む)
(3) コンピテンシーレベルでの人材育成機能


現在多くの企業でメンター制度ないしはメンタリングプログラムの活用が進んでいますが、そのほとんどは、(1)のコミュニケーション充実、または(2)のキャリア形成支援を目的とするものです。しかも、その活動の進め方は、多くの場合参加者の主体性にのみ委ねられたいわば「ゆるやかな取組み」で、組織として戦略目的が統一された取組みは未だ多くはありません。
これに対して、当事例の大きな特徴は、経営幹部がその戦略と推進に強くコミットして、「固有スキル」の継承を主眼に、それを指導者の育成、ひいては組織体質の強化につなげていく方針を明確にしている点にあります。
プログラム導入研修会やキックオフ会合、活動成果発表会といった主要なイベントには、現場マネージャーのみならず経営幹部も出席し、具体的な訓示を行って期待内容を明示し、参加者の発言や取組み姿勢を注視し続ける等といった関与が行われました。
その意味で、メンタリング本来の機能をフルに活用した本格的取組みといえます。

図表(2):メンタリングの基本コンセプト

師匠(=メンター)〜弟子(メンティー)関係のパワーを生かして、本質的な学習を促進する。

3.メンタリングによる育成のポイント

メンタリング活動が高い人材育成効果持つ要因は、次の5つのポイントに整理することができます。(⇒図表(3)参照)

図表(3):メンタリングによる人材育成のポイント

 

(1) メンター(※同じ道を志す先輩指導者)の存在を通じて“尊敬”の感情を回復させる
(2) 指導者であるメンターは、リラックスした態度で“メンターシップ”(※メンティーへの保護的・支援的スタンス)を常に意識して活動する
(3) プログラムの軸となる面談活動でのコミュニケーションは、形式的な情報共有にとどまらず、互いの問題認識を本音で理解し合い、そこから何らかの付加価値(※信頼関係や育成・成長テーマ等)を獲得することを目指す。
(4) 仮想ではなく、メンティーが現実の職務の中で直面する課題と向き合っていく
(5) メンターとの対話の中で学習・成長課題が見えてきたら、必ずそれを克服するためのアクションプランを組み立て、継続的な実践を繰り返していく。
とりわけ、メンタリングモデル特有のポイントは、(1)〜(3)にあります。
尊敬の感情は、現代的組織環境の中では、ともすると人材の意識から抜け落ちてしまいます。また、厳しい競争環境に晒され、日々の自己研鑽を余儀なくされている人材ほど、自力だけであらゆる課題を克服できると錯覚し、ともすると先人への尊敬の気持ちを失う傾向もあります。そうしたケースで、メンティーが尊敬の感情に再度目覚めることができれば、それはすぐに学習の視野拡大につながります。業務への負担感、あるいは逆に過剰な自信によって見失っていた自己の成長課題を素直に見つめられるようになるのです。その意味で、尊敬の感情は多くの場合、学習・成長意欲を高める効果があるのです。
また、(2)のメンターシップは、競争環境を勝ち抜くための強いリーダーシップが求められる組織では、指導者側(=マネージャー・リーダー層)に失われがちな態度です。多くの指導者は、目先の成果業績の達成のための短期の業務計画に固執するあまり、後輩や部下をじっくりとサポートしたり、場合によっては職務上の様々な障害から保護したりするスタンスを軽視する傾向があります。
尊敬の感情、メンターシップ、そして対話を軸にしたコミュニケーションの型を、メンターの主導で組織の中に浸透させるところに、他の活動では難しい人材育成効果獲得へのたしかな道筋があります。指導者・育成対象者双方に、失われつつあった学習・成長のエネルギーを回復させていく効果があるのです。

 

4.成果の具体的なイメージ

 

以上のようなメンタリング活動による学習成果の典型例を、図表(4)に示してみました。
メンタリング初期の学習成果とは、例えば次のようなことです。
(1) 「今までは分からないことがあると、断片的・短絡的に訊いていたが、メンターとじっくり話すうちに、問題の原因を構造的に把握するようになってきた。」
(2) 「落ち込んでいて、相談に乗ってもらうことすら億劫になっていた。自分は困難があるとすぐに諦めてしまうが、メンターの経験を参考にしてそれを分析し一つ一つ解決していけば、ピンチをチャンスに変えられると思った。」
(3) 「テーマ(※課題目標)がうまく進まない背景に、製造部門とのコミュニケーション不足という課題があった。一日のスケジュールを立てるようになり、それによって時間のゆとりができたことで、他の人との協力関係が充実してきた。」
※いずれも、プログラム実施中のメンティー本人へのインタビューから
こうしたインタビュー例からは、メンタリング活動の中では、メンティーの思考プロセスに、自分自身(※自分の過去の反省点、それまで軽視していた弱点等)への率直な振り返りが生まれていることがわかります。
自分の課題への振り返りが進むこと、これがメンタリング活動における最も特徴的な学習成果です。
人は一般に、自分の弱点や欠点を直視したがらないものです。また、分かってはいても、それを他人にはできるだけ言わないようにする傾向もあります。とりわけ、内部での競争環境(※業績評価等によるもの等)が強い組織では、人材は決して自分の弱点や非を認めようとはしません。なぜなら、それは直ちに処遇水準の低下に結びつくからです。そうした悪循環の中で、学習は進まなくなり、人材は成長しなくなります。
こうした、現代組織の状況に目を向けると、一見些細に見えても、メンタリングの生み出す学習成果は極めて貴重であり、その積み重ねの延長上に人材の大きな成長と組織変革の可能性を見通すことができるのです。

 

図表(4):メンタリングの学習成果の発生イメージ(※メンティーインタビューコメントから)

最大の学習成果は、目先の現象(※下図黒枠)から視野を広げ、職務姿勢に抜本的な変化が生まれた点にある。

 

5.参加者の構成

保全グループの所属社員全員を一度に参加させるのは業務上難しいため、初期のプログラムはメンティー30名、メンター15名程度の参加者でスタートすることになりました。参加者を選定するにあたり、今回のケースではまず、5回程度の事前プログラム説明会を開催しました。所属全社員に対してメンタリングの目的・内容を、部門長自ら直接社員にアピールしたのです。その上で、参加希望者を募りました。
その結果、ほぼ希望者(=志願者)を中心にして参加者を選定することができ、メンター1名について、2名のメンティーを受け持ってもらう形になりました。
具体的なペアの構成にあたっては、予めメンター・メンティー双方から自己紹介シートを提出してもらい、自己のキャリアや育成課題等を予め共有しました。また、メンティーには希望するメンターの候補も、そこに書いてもらいました。
個々のペアは、こうした情報を事務局で総合的に勘案して、最終的に最善の形に練り上げていきました。

6.プログラムの構成

 

以上のように、人材育成(※製造部門社員のコアスキルの開発)を主眼におき、さらにはそれを指導者養成や組織活性化につなげることを合わせて目的として、プログラム内容は、次のように構成されました。(⇒図表(5)参照)


図表(5):メンタリングプログラム構成イメージ

個々のメンタリング活動によって、社員の育成を進める一方、メンター会合によって具体的な課題に即した育成・指導スキルの習熟を継続的に進める。

 

(1)メンターとメンティーの継続的な個別面談
メンタリングは、師弟的関係に基づく対話活動ですので、メンター・メンティー間での個別面談がプログラムの中心になります。実施頻度は、業務の円滑な遂行に支障のない範囲を考慮し、1〜2時間の面談を月に1〜2回程度としました。
これを、約半年間継続します。ただ、実施頻度はあくまで目安で、育成活動が軌道に乗るまではある程度頻度を上げる等の裁量は、メンターの判断に任せることとしました。
(2)職場でのアクション
メンティーには、メンターとの個別面談において、必ず次の面談までの間のアクションプランを立ててもらうことにしました。活動を面談における対話だけに終わらせず、そこで共有された学習課題の解決にすぐに取り組んでいくのが、人材育成型メンタリングの重要なポイントです。
したがって、メンティーは、面談と面談との間に、必ず何らかのアクションに取組み、その結果(成果)を持って次のメンターとの面談に臨むことになります。
ここで注意しなければならないことは、計画するアクションをあまり大きな取組み課題にしないことです。メンティーの能力で処理できないような「大きな」アクションプランは、ほぼ必ずコミットメントを低下させ結果として計画倒れを招きます。この点は、事前研修会等において、各メンターには十分に共有しました。
その結果、各ペアでは、「(これまで行き当たりばったりで仕事をしていた者が)まず手帳を活用する」、「(隣接部門とのコミュニケーションが不足していたものが)協力関係にある部署の担当者を訪問して対話を行う」といった、重要性は高いものの少ない負担ですぐに実施できるレベルのアクションプランが立てられていきました。
(3)メンター教育
面談とアクションの繰り返しによるメンティー育成と並行して、メンター層の指導者としての育成を行いました。
具体的には、月に1回程度メンター全員の会合を持ち、組織学習プロセスを活用してメンター間での対話セッションを行い、相互の活動情報や問題認識の共有を進めていきます。日頃横の意思疎通がないメンターも多く、「互いの情報交換ができることそのものに価値がある」という声も聞かれました。
また、メンター間の対話を通じて、指導育成策に関する多くの解決策も発見されていきました。例えば、保全グループは3交替のため、各シフト間での業務引継ぎ時における情報伝達の正確性と効率が常に問題になります。その解決策を見つけるため、複数のメンターが他業態でのやり方を参考にすべく、病院を訪問して看護師の引継ぎ方法を参考にするといった取組みも生まれていました。
こうして指導者であるメンター自らが学習に真剣に取り組んでいくことが、結果として、メンティー育成への好影響につながっていきました。
(4)事務局によるサポート
事務局の役割は、メンタリングプログラムの目的と活動内容に基づいて、参加者の活動が円滑に進むようサポートすることにあります。
例えば、全体で50名近くの参加者になった今回のケースでは、ペアによって、指導・学習の進み具合にも自ずと凹凸が生じます。早い段階で具体的な指導に入っていくペアもあれば、本音でのコミュニケーションを行うのに時間を要するペアもあるといった具合です。そうした際には、あくまでメンターの指導者としての主体性を損なわないよう配慮して、メンターと個別に相談に乗る等のサポートを進めます。それを通じて、メンターが突き当たっている課題を共有し、事態の打開を対話によって模索していくのです。
また、場合によっては、メンターの同意を得た上で、メンティー本人との面談によって状況を共有していくこともありました。
こうした活動を通じて、各ペアのメンタリング活動が円滑になるのみならず、運営側の事務局のコミットメントを高めることもでき、組織としての運営ノウハウ蓄積にもつながっていきました。

7.ポータルサイトの活用

メンターとの面談による対話の中でのポイントをその直後に振り返り、メンタリング活動における対話をより充実したものにする目的で、プログラム参加者のためのポータルサイトを構築しました。(※図表(6)参照)

図表(6):ポータルサイトのイメージ

(1)メンティーへの学習効果
サイト内のフォーラムは、メンティー毎に設定され、なおかつレポートも簡単に書けるように、予め書き込み項目の雛形を掲載しています。
メンティーは、ここに面談後3日以内をメドに、振り返りレポートの書き込みを行います。
この簡単にでもレポートを書くことそのものが、メンターとの面談内容のより深く振り返り、その学習内容を定着させていく効果があります。
加えて、それを見たメンターからはすぐに返信が送られます。
そこには、レポートへの親身なコメントのみならず、面談内容での重要ポイントが抜けていた場合には、質問形式等によって学習を掘り下げるアプローチが行われました。
(2)組織全体への波及効果
このポータルサイトは、それぞれの記載内容が全参加者に閲覧できるように設定されています。ですから、メンティーにとっては、自分の面談内容だけでなく、他の参加者の面談内容を知ることができるようになっています。
加えて、メンティーの直属上司にもアクセス権限を付与して閲覧を可能にしました。
これについては、「上司に閲覧されると、本音が書きにくい」といった意見もあったのですが、それ以上に、メンタリングに参加していないマネージャー層にも情報を提供し、メンタリング内容の共有をタイムリーに行っていくことが優先されたのです。
また、当初指摘された情報の守秘性についても、メンターとの対話がじっくりと行われ、学習課題が表面的なレベル(※例えば、上司との折り合いが悪い等)でなく、本質的レベル(※例えば、上司との緊密なコミュニケーションの努力が足りなかった等)で整理されていけば、ポーラルサイト内容の公開にも、特段の問題がないことが分かってきました。

8.人材育成効果の実際

Aさんは入社後10年程度経つ中堅の保全マンです。一貫して保全部門での業務に携わり、経験を積んできました。人柄が温厚で、まじめに仕事に取り組むタイプの人です。
上司からはそろそろグループの中の後輩の指導にも当たるようなリーダー的役割を期待されているのですが、本人は最近スキルアップのカベを意識するようになってきていました。
本人のコメントによれば、「テーマ管理で新たなテーマに取り組んでも、いつも中途半端になってしまう」、「そればかりか、日常の保全業務もずるずると遅れがちな状況」に陥っているとのことでした。
一方、Aさんを担当したメンターのBさんは論理的に物事を考える中にも温かみを持った方で、そうした2人は、メンタリング活動の中で徐々に打ち解けてじっくりと対話を進めていきました。
何回かの面談を経た後、ポータルサイトに掲載されたAさんの振り返りレポートでは、次のようなコメントが書かれる様になっていました。
「自分はこれまで、仕事に対してあきらめが早く、手段を尽くしていなかった」
「自意識が強く上司や同僚への対面ばかり気にしていたので、不明点を訊くこともなかなかできていなかった」
メンターとの落ち着いた対話を通じて、Aさんは、自分自身の「弱さ」を初めて正面から見つめるようになっていったのです。
その結果、当期の設定テーマを達成できただけでなく、業務関連で必要をされていた資格も取得するに至りました。
そして、そうした成果よりもさらに目を見張ることは、Aさんの現場における仕事ぶりが大きく変化したことです。
プログラム終了後のインタビューにおいて、Aさんの上司からは、次のようなコメントが聞かれました。
「引継ぎのコミュニケーションが改善し、言いたいことが言えるようになった。これまで苦痛だった朝礼でもうまく話すことができている。また、日頃から、上司・同僚とよく話すようになった」
「仕事に前向きになり、とても頼もしい存在になった」

こうしたAさんの例は、メンタリング活動の中では決して特殊なケースではありません。
メンターとのじっくりとした対話と学習・成長課題の見極めを通じて、多くのメンティーが、約半年間という比較的短期間のうちに、成長の足がかりを掴み、必要なアクションを実践し、そして実際に成長しているのです。

 

9.プログラム成果と継続策の展開

 

こうして福井村田製作所における、初年度のメンタリング活動は、約半年間で終了しました。
この取組みを通じて、指導対象であるメンティーの育成に確かな成果が確認できたことに加え、メンターとして参加した指導者層の育成を同時に達成することができました。
ただ、一方で課題も明らかになりました。
その一つが、メンタリングに参加していない人材層、特にマネージャー層との情報共有という問題です。マネージャー層の中には、メンタリング活動の情報が十分に共有されていないという気持ちを持つ人が一部にいることが成果検証の過程で分かりました。
また、メンティー層における組織力の問題です。
これも一部ではありますが、自分の成長が進んでいく一方で、さらにその成果を現場に持ち帰る、また後輩にも指導を進めていくといった組織への貢献をまだ十分に意識できない人が存在することも分かってきました。
メンタリング文化の組織浸透、そのプロセスと成果の共有を、より一層うまく進めていく方策が必要なのです。

こうした成果と課題を踏まえ、福井村田製作所のメンタリングプログラムは、対象組織をさらに広げ、参加者を増やして現在継続的に展開されています。
厳しい経営環境が続く中にも、人材力と組織力の強化を決して緩めないという、強い経営方針がそこには貫かれています。

 

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