定期レポート2011年7月

ソフィア・アイ :グローバル基準の陥穽/人事診断ツールの本質

 

バブル後20年以上にわたってグローバル基準を受入れつづけてきた日本に、今また新たなグローバル化の大波が押し寄せようとしていることは前回(『グローバル化との新たな闘い』)述べました。

 

この「グローバル基準」の中身とはどのようなものであり、それを私たちが否応なしに受け入れなければならないロジックとはどのようなものか、身近な人材マネジメント分野に注目してさらに詳しく見てみましょう。

 

人材マネジメントとは、人材価値(≒能力)とそのパフォーマンスをより高めていくためのマネジメントです。
そのため、能力の中身を診断・評価することが避けられないことから、従来から診断テスト等そのためのツールが数多く開発されてきました。
大手診断ツール会社から発売されて広範に普及しているSPIやNMATはよく知られています。交流分析(TA)理論に基づくエゴグラムやエニアグラムといったツールも馴染み深いところです。最近では、IT業界等でキャリアに応じたスキルレベルを診断するテスト等も多く開発されています。また、メンタルヘルス問題の深刻化と相俟って、メンタル系の疾患があるかどうかもしくはなりやすい性格的傾向をもっているかを計量心理学理論に基づいてテストするツール等もかなり活用されるようになってきています。

 

さて、こうした能力評価や診断の領域もグローバル化の例外ではありません。むしろ標準的な基準へのニーズが強い点で、グローバル化に晒されやすい傾向があるともいえます。経営者でも、自社だけの価値観で人材を評価することに不安を持ち、第三者や専門家の見解を必要以上に重視される方も多く見られます。

 

最近大手企業の人材開発部門の方々と情報交換をすると、この人事診断においては、SL?、DISC、MBTIというツールが、グローバル規模で「業界標準(※人事業界の標準)」として認知されつつあるとのことです。
SL?はかなり以前からあるツールで、状況対応型リーダーシップ理論に基づいてリーダーシップのタイプを診断するものです。DISC、MBTIは、少なくともその活用方法論まで含めて整備されたのは最近のもので、簡単にいうと性格診断ツールです。ただ、既存の簡易なツールと異なり、そのマネジメント上の活用方法まで含めてノウハウ化されていて、そのための資格試験や研修体系も合わせて販売されているのが特徴です。

 

まず興味深いのは、これらのスタンダード化しつつあるツールが、いずれも能力レベルそのものではなく、性格等人材タイプの類型化と特定を目的にしている点です。
一般に、何らかの類型化が行われる際には、その基準となる人間観等の価値観が背景に存在します。例えば、「乗り物」を類型化するとき、現代の私たちは「自動車、電車、飛行機、船、自転車…」という類型を思い浮かべますが、馬車、牛車、蒸気機関車…といった前世紀にほぼ消滅した乗り物はその類型から無意識に排除しています。つまり、乗り物を類型化する背景に、「便利で経済合理的な運搬または移動手段」という先入観念を暗黙の前提として持っているのです。
重要なことは、特定の人材診断ツールを「スタンダード」として受け入れるということは、その背景にある人間観・人材観を無条件に承認することを含んでいるということです。

 

要するに、特定の診断ツールの普及は、そこに包含してない人間観・人材観の排除を前提にしているともいえるのです。
では、なぜそのようなものが普及し、大手企業をはじめとするわが国企業はそれを受け入れるのでしょうか。
ここがグローバル化との闘いのもっとも肝要なポイントです。
そのロジックは、やはり「ディファクト・スタンダード」という概念にあると考えられます。
この典型例は、例のコンピュータのOSで、マイクロソフト社のウィンドウズが普及したときに用いられました。OSの性能としては明らかにアップル社のマックOSの方が優れているのに、それを使っている人が少ない。いかに優れた技術でもその生産物の互換性がなければビジネスに使えないということからウィンドウズが市場を制したのでした。

 

ただ、この「ディファクト・スタンダード」という概念には、すでにお気づきの方も多いように、ある種の思考停止を含む虚無感が漂います。
「自由な市場」、そこで認められたものは正しい。それ以上どうこう考えていったい何になるのか。それを「共通言語」として前提にして仕事をするしか道はないのだ……。
まさに、「ディファクト・スタンダード」は、私たちの思考を巧妙な手口でニヒリズム(※判断停止に基づく価値相対主義)の蟻地獄へと引きずり込んでいるようですらあります。

 

人材マネジメントの根幹ともいうべき人間観、人材観を、こうしたグローバル基準のロジックに無条件に委ねてよいのか。わが国独自の伝統的な人間観を捨ててまでそこに従うのか。そもそもそのような選択の先に日本の豊かな未来はあるのか……。
グローバル化の新たな波は、そのような選択をわが国に突きつけているといえそうです。

 



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