定期レポート2017年1月

ソフィア・アイ:「働き方改革」と過重労働対策の行方

 

◆安倍政権の労働政策の方向

新年早々の1月6日付のニュースで、塩崎厚労相が記者会見で、電通事件の捜査状況についてコメントしたことが報じられていました。

※「電通 社長辞任ではすまない」と厚労相 捜査進める考え
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170106/k10010830741000.html

これを見ても、安倍政権の労働改革が、「同一労働同一賃金」を軸にした労働市場のいわば「開放政策」と、過重労働撲滅を軸にした労働法制へのコンプライアンス徹底を両輪として、強力に推進されていることが分かります。
ちなみに、電通事件を巡っては、「電通だけを狙い撃ちにしている」、「国策捜査だ」との批判もありますが、労働局〜監督署が進めている企業調査及び取締りの実態を、私たちはよく見ておく必要があるでしょう。

例えば、東京労働局〜監督署が昨年度1年間に行った定例的な調査及び指導の状況は、下記サイトにまとめられています。

※平成27 年の定期監督等の実施結果
 http://tokyo-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/var/rev0/0142/3848/2016519144149.pdf
これによれば、東京労働局管内の定例的な調査件数は年間実に1万件近くにも及び、そのうちのかなり割合の企業が是正指導を受けています。

また、定例的な調査とは別に、過労死等の重大な労災事案を起こした企業を対象とする特別調査については、別途レポートが挙がっています。
※過労死等を発生させた事業場への監督指導結果(平成27 年度)
 http://tokyo-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/var/rev0/0142/6363/2016622144427.pdf
これを見ると、特別なものだけで127社もの企業に調査が入り、その大半の企業が法令違反を指摘されていることが分かります。

ちなみに電通は、このうちの後者(特別な調査)の対象企業の中で、極めて悪質な部類に入るということになるでしょう。
というのも、今般の高橋さんの過労死認定に至るまでの間、電通では最近も、三田監督署をはじめ、再三調査を受け是正指導の対象となってきたからです。
現在進行中の強制捜査は、そうした監督署からの是正指導内容を電通が軽視し労働法制を蔑ろにしてきた結果であって、経営幹部の立件が進んでいるのも至極公正な労働行政の結果を見ることができます。

そうした政府全体の労働政策の中で今回の事件を見ていく必要があるでしょう。

◆「日本型雇用システム」の現状

「同一労働同一賃金」は「日本企業特有の年功賃金体系からの脱却」とも言われますが、現代の日本に「うちの会社の給与制度は年功賃金です」等と公称している企業は既に皆無です。
それどころか、主要企業のほとんどは、「役割給」や「職務給」といった何らかの仕事型給与へかなり以前からに転換済みなのです。
ところが、その仕事給であるはずの実際に支給されている給与を統計的に解析してみると、年齢や勤続年数と著しい相関性を持つ、これが要するに「年功賃金」の実態です。
この羊頭狗肉を正確に理解しておく必要があります。

では、なぜ各社が仕事給への人事制度転換を図っているにもかかわらず年功型処遇が解消されないのか?
実は、そこに問題の本質があります。

簡単に言えば、日本の労働市場が、極端な企業内市場によって成り立っているからです。
優秀で高業績の人材でも、若くて入社後間もなければ、同じ仕事をしている人に比して極めて安価な年収の処遇に甘んじなければなりません。
反対に、実質的な余剰人材でも、高年齢で勤続年数が長ければ、年収のインフレを平然と享受できます。
職務給で処遇されているはずの同じ「部長」の年収は、企業規模が違えば、同業界であっても倍3倍異なることも決して珍しくはありません。
※ちなみに、こうした日本型雇用システムを積極的に擁護する論者は、現代でも少なくないのです。

以上の事実から分かることは、今般政権主導で進む「労働改革」のポイントが、一企業内での人事諸制度の変更にあるのではなく、個々の企業がどのような制度を取るにせよ、労働市場全体としての統合的な市場原理を新たに生み出せるかどうかに掛かっているということです。
それを安倍政権は差し当たり「同一労働同一賃金」と呼んでいるわけですが、その政策が現実化するということは、良きにつけ悪きにつけ、(ブラック労働を含め)日本の労働市場を長く支配してきた虚構の原理が通用しない社会の到来を意味します。

◆「同一労働同一賃金」の意味

日本の労働法制では、残業代の法定割増率は例外(※深夜、休日、月間60時間以上の長時間分)を除いて「1.25倍」と定められています。
ところが、実はこの割増率は、経済原理的に見て不当なものといえるのです。
というのも、人件費には月間固定給与以外に直接支払う賞与があり、さらには直接支払われない項目として退職金準備、法定福利費(社保料の会社負担分等)、福利厚生費、教育費・採用費等があり、固定給と総額人件費の倍率は全企業平均で1.7倍にも及ぶ。大企業では2倍に達するケースも多いからです。
つまり、1.25倍というのは、企業側が圧倒的に「お得な」率なのです。

しかし、現実に「お得かどうか」は、個々の社員に支払われる給与額がその人材価値に見合っているかどうかで全く異なります。
急成長中の人材、つまりその人がどんどん伸びているために昇給が追いつかないほどの人なら、圧倒的にお得でしょう。
ところが、仮に「余剰人材」のように、給料は払っているが何もしてもらわなくても会社は構わない、あるいは何もしてもらわない方がありがたい人がいるとすれば、1.25倍でも高いわけです。

この事実は、現象面だけ見ると社会主義的に思える「同一労働同一賃金」政策が、その本質においては、各企業の社内に囲い込まれ、その限りにおいて現状の給料を受け取っているに過ぎない人材が、労働市場全体からの過酷な評価に晒されるという意味において、極めて新自由主義的な性質を持つことを示しています。
つまり、「同一労働同一賃金」政策とは、現状一般市場からは隔離された特殊市場としての労働市場に、価格メカニズムをまともに導入しようとするラディカルな指向といえるわけです。

最近話題の「副業・兼業解禁」も、もちろんその市場メカニズム導入のごく自然な延長上にあり、いわばセットといえるでしょう。
安部政権の「働き方改革」への賛否、いずれの立場でモノを考えるにせよ、この労働市場への影響の本質を見損なえば、人生の行く末を見失いかねないほどの変動の波が、間近に押し寄せているのです。

◆リスクマネジメントとしての過重動労対策の必要性

さて、以上のような国策の進捗状況を踏まえれば、長時間労働への対応、とりわけ過重労働対策の必要性が高まっていることは、既に否定できません。
しかも、それを単なる労務管理上の施策としてではなく、組織人材戦略、業務改革、業績管理を含めた総合的な経営戦略として進めていくことが必要と言えるでしょう。
これまで労務リスク対応が手薄であった企業ばかりでなく、予てコンプライアンス体制の構築に継続的に取り組んできた企業においても、その労務戦略の見直しが必須になっています。

そこで、弊社では、緊急経営セミナーとして、この1月27日(金)、企業経営者、経営幹部、また人事労務責任者、事業部門マネージャーの方々を対象に、労務管理に関わる法制上の基本事項確認はもとより、過重労働問題をはじめとする深刻な労務リスクを、企業組織においてどうマネジメントし、リスクの顕在化を防止していくかの抜本策をご提案するセミナーを企画いたしました。

自社の労務管理体制はもとより、人材が生き生きと活躍する、強い組織の構築にお役立ていただける内容ですので、ぜひご参加を検討ください。

※セミナー案内ページ
 http://www.philosophia.co.jp/seminar20170127.htm

 

 

 

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