定期レポート2013年3月

ソフィア・アイ :経済を支える思想

 

「今の私には、人間の本性を合理性のみに帰せしめたことは、それを豊かにする 代わりに、それをむしろ不毛にしたように思われる。それは、強烈で価値ある感 情の源泉を無視していた。人間の本性の、自然発生的な非合理的な発現のあるも ののなかには、われわれの図式化が切り捨てたある種の価値が見出されるのである。 悪徳に結びついたある感情さえ価値をもちうる。自然発生的で激烈でよこしまで さえある衝動から生じた価値のほかにも、われわれの知っているものを越えたと
ころに、価値ある瞑想と深い内省の対象がたくさん存在するのである。」
(ケインズ 『若き日の信条』)

 

これは、20世紀を代表する経済学の巨人・ケインズが、その若き日のことを振り 返って綴った短文の一節です。それは、20代の頃、ムーアが主宰するケンブリッジの インテリサークルに所属していて、そのいわばかなり偏った思想の影響下にあった 自らの思想性を内省する内容です。

 

予て懸案となっていた日銀総裁人事は、安倍首相が国会に示した人事案によれば、 次期総裁に元財務官の黒田東彦アジア開発銀行(ADB)総裁(68)、副総裁に 学習院大の岩田規久男教授(70)という形で決着しそうな見通しです。
本当は生粋のリフレ派である岩田教授が最適任でしょうが、国際人脈や財務省への 睨み等を政治的に勘案した上での判断なのでしょう。 これによって日銀の金融政策は、これまで長年にわたって「デフレ派」に支配され てきた状況から「インフレ・レジーム」へと大きく舵を切ることになります。
私たちとしては、この底流に大きく異なる2つの経済学説の対立があることを、 よく見ておきたいところです。

 

それは言うまでもなく、ケインズ主義と新古典派経済学(主としてシカゴ学派)です。
これがどういう中身のものかについて詳述する余裕はありませんが、ケインズ主義 は、簡単に言うと財政出動による景気の下支えを強調する学説で、今日のリフレ派 の立場につながっています。さらに簡単に捉えれば、“需要創出”を重視しています。 それに対して新古典派は、自由放任、すべて市場に任せていればうまくいくという立場 です。従って、「小泉構造改革」に見られるように“規制緩和”による市場の自由化 を強調します。つまり、供給サイドの政策を重視しています。
しかし大雑把に見て、日本のデフレがここまで長引いたのは、新古典派理論に拘った 結果といえます。需要が根本的に不足していることに早く気づき、主要国が既に取り 入れているインフレターゲティングによる金融政策に移行しておけば、ここまで重症 にはならなかったはずです。この辺りの事情は、当の岩田教授のベストセラー・ 『デフレと超円高』に詳述されています。

 

ところで、ケインズと新古典派経済学の違いは、上に見たような単なる経済理論上の 違いだけではありあせん、ケインズ理論の底流により深い思想的洞察が存在することは、 すでに多くの識者が指摘しているところです。 現に、若き日のケインズは、ケンブリッジにおいてムーアやラッセルといった哲学者の 薫陶を受けていましたし、20世紀を代表する哲学者であるヴィトゲンシュタインとも
深い交流を行っていたといわれます。

 

「人間の本性の、自然発生的な非合理的な発現のあるもののなかの、われわれの図式化 が切り捨てたある種の価値」。これはまさに、今日の市場万能主義の楽天的なモデル化 された経済理論への痛烈な批判です。つまりケインズの洞察は、21世紀の今日に至る 長い射程を射抜いていたのです。
私たちの社会は、「人間の本性」を今一度見つめなおす転換点に、差し掛かっています。

 


※配信登録をしていただくと最新レポートを電子メールでお届けいたします。

※ご入力いただく情報は、SSL暗号化通信により保護されます。
※「個人情報」は、弊社「プライバシーポリシー」に基づいて適切に保持」いたします。

            

会員登録