定期レポート2011年11月

ソフィア・アイ :孤独と自立/落合流人材育成

 

プロ野球の日本シリーズが終わり、ゴルフのシーズンが終わりに近づくと、いよいよ年の瀬です。
震災、原発危機、欧州経済危機…とめまぐるしかった1年も、同じように暮れていくのが不思議に思えます。

 

さて、そのプロ野球から、今年一人の野球人が静かに立ち去ることになりました。中日球団の落合元監督です。
ずば抜けたスター選手がいるわけでもない中日を在任8年間に4度のリーグ優勝に導き、プロ野球の歴史に新たな頁を切り開いた名監督でした。
その落合氏の新著・『采配』(ダイヤモンド社刊)が、日本シリーズ直後の話題性もあり、現在書店で山積みになっています。本書は、10年前の解説者時代に著した『コーチング〜言葉と信念の魔術』の続編とでもいうべき著作です。

 

落合氏は、ビジネスコーチング的な指導法を、恐らくプロ野球に初めて導入しました。その選手育成が優れていたことは結果を見ても明らかです。ただ、その著作に目を通すと、それは単に指導法における優位性だけでなく、技術を支える彼の精神性=生き方に裏付けられていることが分かります。

 

『采配』は、概ね次のような構成になっています。
  −プロ選手として自立することの重要性
  −プロ選手として生き抜くノウハウ
  −そのノウハウの人材育成、マネジメントへの応用

 

この中で、マネジメントという視点からはどうしても後段に注目してしまいがちですが、落合氏の思想を理解する上では、「自立」(要するにプロとして不可欠の姿勢)を説いた前段部分がもっとも大事なエッセンスといえるでしょう。
例えば、次のような言葉があります。


−「『嫌われている』『相性が合わない』は、逃げ道である」
−「『体技心』(※『心技体』ではなく)……、技術を持っている人間は心を病まない」
−「『ひとりで居られること』と孤独とは、まったく意味が違う。孤独に勝たなければ、勝負には勝てない」

 

「落合流」の基本は、目標を持って生きようとする限りは、自分をごまかさずに常に全力を尽くすべきだという厳しさにあります。
私たちは、コミュニケーションでちょっとした困難に直面すると、「性格」、「相性」、「好み」といった抽象的な観念を言い訳にしていまいがちですが、彼はそこにズバッと釘を刺してきます。
「イップス」に象徴されるようなスポーツ選手が直面する心の問題やそれを含めたスランプは、その大半が技術の研鑽で克服できるようです。
そして、そうした豊富な経験と知見に基づいて、自立の意味を問いかけています。
最近の風潮もあり、特に若手選手の中には「自分ひとりの時間」を大事にしようとする傾向が強いそうです。ですから、球団や指導者もキャンプ時に個室を用意する等それなりの配慮を行っているといいます。ところが、一方で練習になると、やること一つ一つにコーチからの細かな指示・助言を求めてくるそうです。この傾向を指して、落合氏は「『ひとりで居られること』と孤独とは、まったく意味が違う。」と指摘しているのです。
スポーツであれビジネスであれ、その成果は相手との競争、勝負の中からしか生まれないものです。そして、勝負とは、結局は孤独な決断(意思決定)の連続です。であるならば、その孤独の名分を自分なりに確立しておかなければ、勝負を生き抜くことはできないだろうと、落合氏は厳しく問いかけているわけです。
つまり、孤独の名分こそが、人材が自立するための重要な条件なのです。

 

ところで、落合流の真髄は、こうした自立を求める厳しい「要求」だけで終わってはいません。
むしろ、不遇の若い時代から勝負を勝ち抜いた栄光の選手・監督時代に至る豊富な人生経験の中で、常に自分の生き方を真摯に見つめなおした姿勢こそが、彼の指導思想の稀有なところです。
その自分自身への絶えざる内省があるからこそ、「押し付けをしない」、「個々の選手の個性を生かす」、「選手が自分で考えて成長する」といった落合流マネジメント術は、プロ野球界で優れた実績を残すことができたのでしょう。
『采配』の最後に書かれた、次の言葉が非常に印象的です。

 

 −「できない人の気持ち」は、若い頃の私自身の気持ちそのものである。
  −人や組織を動かすこと以上に、実は自分自身を動かすことが難しい。




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