定期レポート2007年12月

ソフィア・アイ :人材派遣大手買収と派遣ビジネスの未来

経営者が自分の会社を売却するときの心境とは、どのようなものなのでしょうか? ましてそれが、命がけのリスクを引き受けて一から自分が創業し、手塩に掛けて業界トップにまで育て上げた企業であれば……。
12月20日(木)付日経新聞朝刊の一面に、人材派遣業界首位のS社が、業界5位のR社に買収される見通しであることが報じられました。実現すれば、年商5千億円を超える人材派遣会社が誕生することになります。

1.会社売却の背景

S社の会長は創業経営者で、業界でもワンマン経営の強いリーダーシップで知られた存在です。業界最大手となった現在でも未だ株式上場しておらず、会長自身が発行済み株式の実に80%を保有し続けていると言います。そのS社が、なぜこの時期に会社売却を考えたのでしょうか?
「オー人事!」に象徴される派手な宣伝で、1日平均10万人を超える登録スタッフを企業に派遣する一方で、S社のビジネスモデルはいわば薄利多売型です。
つまり、顧客企業側が支払う派遣料金に対する、派遣会社側のスタッフへの時間給の比率が、他の大手派遣会社に比べて大きいのです。したがって、成長を続けるうちは問題ないものの、何らかの要因で成長が阻害されると途端に経営状況が悪化しかねないリスクを抱えているわけです。
もともと人材派遣自体が薄利なビジネスモデルです。加えて、近年のコンプライアンス機運の社会的上昇とも相俟って、数年前から多くの派遣会社は、フルタイム勤務のスタッフに対する社会保険の全面的加入措置を余儀なくされるようになりました。これは、派遣ビジネスにとっては極めて大きな利益圧迫要因です。
そこに、ここ1・2年の就職売り手市場に見られる正社員採用ブームが追い討ちをかけました。今期に入って、正社員を大量に採用した大手企業の多くは、代替の利く派遣社員の仕事を自社社員に振り替え、派遣契約を解除し始めてきたのです。

2.深層としての組織要因

しかしながら、こうした経営環境要因だけが、S社売却の真相とは考えられません。環境だけをみれば、わが国が構造不況に喘いでいた90年代後半などはもっと厳しかったはずです。
そこには、相乗的な別の要因が絡んでいるとみるべきでしょう。
S社が、いわゆるサービス残業に絡んで大阪労働局から50億円を超える遡及支払いを命じられたのは、つい昨年のことです。
同じように多額の摘発を受けた電力会社が複数社に及んだのに対して、大手人材派遣業でこのようなことになったのは、S社だけです。
ここ数年相次ぐサービス残業と残業手当の遡及支払い事件、その摘発のほとんどの直接要因は、対象企業社員自身からの内部告発です。おそらくS社もその例外ではないでしょう。
先日、S社の新卒入社2年目のある営業マンと話す機会がありました。彼は、「組織の雰囲気が悪くいつまでも会社にいたいとは全く思わない」と自然に語っていましたが、正直な心境なのでしょう。
今でも月例の営業支店長会議は創業会長自らが主催して進められ、業績の悪い支店長の地方拠点への配置転換が、すぐにその場で決定されると言います。こうした体質は創業以来一貫した「成功スタイル」なのでしょうが、現代の若者達には異様な光景に映るだけのようです。
こうした状況の中で、S社は組織マネジメント上も大きな行き詰まりに直面していたのです。

3.派遣という「ワークスタイル」

「派遣という働き方」、今やそれは、ダイバーシティが叫ばれワークライフバランスが「国策」として推進される風潮のいわば必須アイテムのような存在になっています。
「結婚して主婦をしながらでも、好きな時間帯だけ働くことができる」、「週に何度か専門学校に通ったり、趣味の時間を持ちながらでも、残りの時間だけ働くことができる」、こうしたことも許容されることが、恐らく「豊かな社会」には必要な面があるのでしょう。
ただ、その実態はどうでしょうか?
業績を挙げるため長時間労働を余儀なく正社員の傍らで、決まった曜日と時間に出社して、終業時刻が近づいてくると帰り支度を始める。決められた範囲から少しでも外れると自分が判断すればいやな顔をし、「急ぎだから」とでも頼めば、それを会社幹部に通報してトラブルにしてしまう。こうした現実が、多くの事業所に蔓延し、組織のモラールを着実に蝕んでいます。
前出の若手営業マンが、あるとき面接(※「事前職場訪問」という)に同行した派遣スタッフについて、次のようにコメントしたことがありました。
「この人はとても人柄のよい人ですので、ぜひよろしくお願いします。残念ながら、私が言うのもおかしいですが、派遣スタッフの中にこんなに感じによい人は1割もいません」
企業側から見れば、「人柄がよい」というのは、いわば人材スペックの前提であり、その上でどのようなキャリアやスペシャリティを保有しているのかを判断しなければなりません。ところが、その前提条件に適合する人材が「1割程度」しかいないというのが、派遣業界の現実でもあるのです。
もちろん、「人柄」とはその人の生まれつきの本性ではなく、派遣という「ワークスタイル」の中で生成されたパーソナリティに過ぎません。

4.人材派遣ビジネスの将来性

業界大手の一角を占めるP社の営業マネージャーが、あるとき驚くべきことを語ったことがあります。
「弊社にとっては、御社も確かにお客様なのですが、それと同程度に派遣スタッフも大事なお客様なのです」
この言葉を聞いた時、驚きと諦めの心境が入り混じって、特段反論してみる気にもなりませんでした。
たしかに、派遣会社が「商品」である派遣スタッフを大切に考えるのは重要でしょう。とはいえ、それは一般企業にとっての社員でも全く同じことです。どこの世界に、契約先の顧客の前で「お客様と社員の価値は同じ」などと語る営業マネージャーがいるでしょうか。
この事実からは、第3者としての買い手即ち顧客によって自己のビジネス価値が評価され、その評価を高める中で成長していくという、資本主義の根本原理そのものの決定的な揺らぎを見て取ることができます。たまたま扱う商品が「人材」であるために「勘違い」が生じているのでしょうが、すでに人材派遣業界では、ビジネスのモラルそのものが変調を来たしているのです。
筆者の見るところでは、これは、すでに社会階層として大きな存在となった派遣社員達が、その「働きぶり」を通じて、長年にわたって派遣会社側に与え続けた「影響」の帰結であるようにも思われます。
厳しい経営環境の直面する人材派遣業界は、こうした「変調」に気付いてビジネスモデルを立て直す最後のチャンスが到来しているのかもしれません。

キーワード紹介7 : “組織学習”

身体を持たず、そのため記憶をするはずもない組織が、なぜ学習するといえるのか? たしかにそのとおりなのですが、私達はこうしたことを原理的に考える以前に、組織は学習するものと思い込んでいる節があります。
例えば、よく次のように言います。
  「組織とは、〔1+1=2以上〕でなければならない」
 「チームの力で、最後まで戦いぬくことができた」
 「プロジェクトを進める過程で、チーム力が高まるのが分かった」
こうしたとき、すでに私達は、組織を有機的な存在と捉えています。
つまり、「組織が身体を持っている」かのように考えているわけです。
では、“記憶”についてはどうでしょか?
これも、特に最近、「組織バリュー」という組織の価値観(=行動規範)を表す言葉にはじまり、「組織のDNA(遺伝子)」という言い方まであるように、組織の中にナレッジ(=組織知)が蓄積されると考えるのが一般的のようです。
でも、本当にそうなのでしょうか?
私達の周りを見渡すと、「組織」の中には、利害対立や感情的ないがみ合いが絶えません。 本当にそんなところで、学習が進んでいるのでしょうか。逆に、どこかのお役所のように、「カラ出張」、「カラ残業」、「裏金プール」などと、長年の悪習の中にどっぷりと“仲良く”浸かっている人々もいますが、こうした組織ではどうなのでしょうか?
極端な例を挙げてみると、例えば“戦場”でのこと。
戦場とは、言うまでもなく、敵対する国家の軍隊が互いの存亡を賭けて命のやりとりをする「問答無用」の場です。そうした場で、味方の軍隊の「チーム力」が高まるのは自ずと納得できます。
ところが、第2次大戦中の戦記等をみても、意外に敵対する軍同士の間に、ある種の「共感」が生まれるケースが多く報告されています。戦場でもそうなのですから、まして終戦後には、同じ戦場で戦った敵国の軍人同士の間に、家族まで含めた交流が行われるようなケースもあります。
つまり、対立もそれが究極まで高まれば“共感”を生み、“味方”の団結もそれが退屈な日常へと堕落すれば瓦解してしまうということなのでしょう。
従って、「退屈な日常」に堕した組織には組織学習を進める“戦略的な仕掛け”が必要になります。
また、うまくいっている組織であっても、組織学習プロセスを活用することで、その力を一段と高めていくことができます。
ただ、その学習プロセスにいきなり異質な要素を持ち込んでは、必ずしも組織活力の向上にはつながりません。そのとき、“先人からの継承”という視点がクローズアップされてきます。
組織学習の主眼は、既成の形式化された知識・技術の習得ではなく、価値と問題認識を共有することにあります。それを通して学習能力そのものを高め、行動を変革し新たな環境に適応する力を培い、組織目的を推進する力(=コミットメント)につなげていくことにあります。それは、ともすると未来だけに目を奪われがちな組織の戦略を、“長く続いてきたもの”、“過去から継承されてきたもの”を手がかりにして、一定のバランスの中につなぎとめようとする試みでもあるのです。



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