定期レポート2007年8月

ソフィア・アイ :  金融危機と人材力

 

最高気温の日本記録が塗り替えられるほどの猛暑とのなったこの夏、マーケットはかなり深刻な波乱に見舞われました。

“サブプライムローン”と呼ばれる、信用力の低い個人向け住宅ローン。米国流超浪費型成長経済の象徴ともいえるこの金融商品は、証券化されヨーロッパを中心に多量に流通していました。今回の“波乱”は、その住宅ローンから信用危機が勃発したのでした。

株式市場の反応は敏感で、7月下旬に14000ドルという歴史的な高騰を達成していたダウ平均は8月中旬には13000ドルを割り込みました。東京市場に至っては、日経平均が8月15日から17日までのわずか3日間で1500円も急落するという、狼狽が演じられたのです。

その後、各国中央銀行の大量の資金供給策等が奏功して、約1週間経った8月24日現在、マーケットは何とか落ち着きを取り戻しています。

そんな最中の23日(木)、日銀は金融政策決定会合を開催しました。粗方の予想通り利上げは見送られ、マーケットの沈静化を後押ししました。その会合後の福井総裁の会見内容が、翌日の朝刊に報道されています。その見解は、次のようなものです。

(サブプライムローン問題について)

(1)「日本経済への跳ね返りについて、分析や洞察力が求められている」

(2)「金融市場でリスクを再評価する過程にある」

(今後の政策判断について)

(3)「単純に他国の経済政策によって、我々の判断が影響を受けることはない」

マーケットに重大な影響を与える可能性がある中央銀行総裁の発言。それだけに、慎重に選択した言葉で見解を示すのは当然のことです。とはいえ、福井総裁の言葉からは、それ以上の別のニュアンスが伝わってきます。

例えば(1)の発言。普通なら同じ意味のことを、「日本経済への影響を分析する必要がある」というように表現します。また、(2)も「市場参加者は、リスクを見極めているところだ」と言う方が自然です。

では、このような言い方の背後にはどのような意図があるのでしょうか?

それは、肝心の答を巧妙に回避しているのです。なぜなら、マーケットや記者は、日銀のアクション(対応策)を知りたがっているからです。ところが、日銀総裁としては、それを言ってしまったらそれ自体が市場への大きな影響要因となってしまうので、できるだけぼやかしているわけです。

福井発言から分かることは、その「回避動作」がより巧妙であるということです。ここには、アクションを知りたがっている者達の関心をもう一度状況認識へと引き戻す力が込められているように思われます。

求められているものが、単なる「洞察」ではなく「洞察力」であること。もしそうだとすれば、洞察力を持つ主体とは誰なのか? 日銀なのか、マーケットなのか? どうすればその力は得られるのか?

「力」という言葉が加わるだけで、メッセージの示唆性が一気に広がっていきます。

その上で、福井総裁は、アクションについて次のような言葉で言及しています。

「スケジュールの先入観を持ってやるのではなく、(景気や物価の改善に)確信を持てる段階になれば政策は機動的にやっていく」

“スケジュールの先入観を持ってやるのではなく”、これもなぜ「予め計画するのではなく」と言わないのか。微妙なニュアンスを漂わせています。「先入観」という一般的にネガティブな言葉を差し出してみせることで、当然のことに思われる計画という行為を、あたかもこの場合悪いことであるかのごとく錯覚させるように。

福井総裁の発言は、リーダーはそのメッセージを力に変えることができるという可能性を教えています。というよりも、あるレベル以上の職責を引き受けるリーダーにとって、その言葉によって状況を動かし力関係を変容させることは、リーダーシップの重要な構成要件でもあるのです。

 

キーワード紹介3 : “リーダーシップ

 

時代は、従来の指示命令型リーダーシップから支援型リーダーシップへの転換を懸命に模索している途上にあります。

しかしながら、その転換過程は決して順調とはいえません。

部下への指摘をそのまま指示命令として表現できないことに、また支援的スタンスが必ずしも若手人材に受け入れられないことに、今多くのリーダーたちが戸惑っているからです。

本来リーダーシップとは、組織目的の達成に向けて、リーダーがチームやメンバーに対して与える影響力のことです。その意味を、私達はこれまで、「組織を引っ張る」、「メンバーを追従させる」というようなニュアンスで受け止めてきました。これは、むしろ“支援”とは対極にイメージされるものです。そこに、リーダー達の当惑の源泉もあります。

では、支援型リーダーシップは、どのような条件によって成立できるのでしょうか。

まず、第1の鍵となるのは、“対話”です。

メンバーやステークホルダーとの言葉による交流の中で、是非を決するのではなく、相互の付加価値を創造する能力が、リーダーには求められています。現に対話の戦略は、様々なメソッドを通じて、現代の組織マネジメントに不可欠の要素となりつつあります。

そして、第2の鍵は、“リフレクション”(※内省、省察)です。

リーダーには、他者ではなく、まず自分自身の姿と能力を振り返り見極め、課題を発見する力が必要とされています。それを通じて、周辺世界との最善のリレーションを最短で切り結ぶことができるからです。

さらに、リフレクションは、周辺世界に関するより正確な知識を与えてくれます。その知識は、世界と状況へのより有効なコミットの方策へとつながっていきます。

こうした支援型リーダーシップの条件は、いずれも、まず方針を決めそれを組織に徹底するという従来のイメージとは大きく異なるプロセスといえます。

現代のリーダーには、したがって、独自の世界認識によって独自の構想力を臨機応変に駆使するという新たな課題が突きつけられているといえそうです。



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